稲富 滋 INATOMI・SHIGERU

 当年51歳。 学校を出てからずっと同じ会社に勤めて今に至る。 インタ−ネットと深く関るようになったのは、1996年にInternet1996 World Expoに会社の仮想パビリオンを出展したのがきっかけだった。 何やら学園祭の準備を思い出させる一年だったが、この会社でこんなことができるとは思わず、好きなことを好きなだけやらせてもらった。以下はそのハイライト。
(写真はKONISHIKIと)

デジタル原宿
 エキスポ口開けのイベント。ラフォーレ原宿のテナントによるファッション・ショーをStream Worksでライブ中継。

 水を変えずに何週間も入浴剤を足しこんでゼリー状になった風呂に入るのが好きというインタ−ネットを使うゲスト・シンガーの話を聞き、これに夢中になる女子中学生の盛り上がりに、もはやついていけない気持ちになる。

さわってネット
 タッチ・パネル式の独立型キオスクを開発。ラフォーレに置く。売りは、操作性もさる事ながら、筐体の色。混じりけなしのイタリアン・レッド。製造部門からは何度も念を押されたが、とにかく良く目立ったなぁ。

仮想劇場
 NYのサックス奏者の演奏にあわせて東京のスタジオで即興に踊る。これをビデオに撮って、そのままCGで作った仮想の舞台に載せる。

 観客はNYの画面、ビデオの絵、CGの画面さらに眼前で繰り広げる実際の踊り、一拍遅れてくる部屋一杯のサックスの音に時空を超えた世界へ引き込まれる(白桃房)。年末には東京からNYの大学へむけた文楽の授業もおこなった。

 完全日英両語による日本の都市案内。 一つ一つ増えて現在90市町村。特に理由はないが米軍基地の町が入っているせいか元駐留軍関係者からの問い合わせ、特に尋ね人がコンスタントにある。

 町の選び方に一貫性が無いので、なぜ秋田がなくて能代なのかと選択理由についての質問をいただいたが、制作関係者の個人的趣味と知り合いの住んでいるところを中心に選びました。

ワ−ルド・ステ−ジ
 南アフリカの黒人コ−ラス・グル−プがワシントンのケネディ−・センタ−の舞台から、NYのヒスパニックの高校生、東京アメリカン・スク−ルの生徒にアフリカの歌と踊りを教える試み。

 3ヵ所にいる生徒たちの盛り上がりと感激ぶりを見て、大人の使命は音質、画質の問題を論ずるより、今のレベルでいいから、早く子供たちに体験させたいという気持ちが強まった。

デジタル・ハイキング
 5月の連休におこなわれた井の頭公園での親子デジタル写真撮影とホ−ムペ−ジ 作成大会。

 1996年が節目の年。米国からVRMLのスペシャリストにきてもらい、普通では入れない正殿や、宇治橋の3Dモデルを作る。 今でも神宮の百科事典として使えるサイト。

インタ−ネット・ウエディング
 ジャマイカで式をあげる部下にPCとケ−ブル400メ−トルを持たせて現地から日本の留守宅へ実況中継。スタッフ1名がサポ−トに同行していたので、新婚旅行を3人で行ってきた印象だとか。

 ゴビ砂漠へ出張で出かけた最初の社員になった。5,000キロを10日間で走るラリーを海事衛星経由でライブ中継。選手と留守宅、知人とのメ−ルのやり取りが日本との距離を忘れる。 地上から地上まで見える天の川、低空で飛び続ける軍のヘリコプタ−から見た草原、走る野生馬の群れ。 夢のような光景だった。

 以後、北極、南極、ヒマラヤ、など僻地ものの企画がよく持ち込まれるようになった。 

 最初の打ち合わせの時、ホノルルに行ったこともないエスカレ−タも知らないオアフ島の子供たちについて語ってくれた小錦関の表情は真剣だった。東京からソウル、ロンドン、ホノルルの結んで、子供たちに相撲の話をしてくれた小錦オン・ザ・ネット。

 携帯を通して送ってくれた巡業中のデジタル写真が出色。
負けた日もその日の取り組みを振り返って、丁寧なコメントを必ずくれる几帳面さ。呼び方は大関、親方、KONISHIKIと変わっても近づくひとにエネルギ−を与えてくれるパワーは相変わらず。

Cat & Dog Expo
 身の回りのペット写真を公募して、人気投票をしようと言う企画で自信があったが、応募の殆どが身内とか社員およびその親戚。 一部だけの盛り上がりに終わてしまった。

 山中湖村が三島由紀夫の直筆原稿を大量に購入し、実際の文学館とは別にWeb上でこれを公開した。 まだ一般的でなかった透かし技術も利用してみた。

 
あまり、関連するサイトもなく、三島由紀夫研究の権威から答えがもらえることもあって海外の研究者からも好評であった。このサイト構築にあたっても実に多くの方々と知り合うことができました。

 たまたまNY出張の際、上海国際マラソン関係者と出会い、即決。日本からの特派員2名と現地支援グル−プで取材チ−ムを構成。この縁で上海がホ−ムタウン・ホ−ムペ−ジの一都市に加わる。

観光記念ホ−ムペ−ジ
 観光地での記念写真はもう古い、これからは観光記念ホ−ムペ−ジだ。と、航空機会社のホノルル現地ツア−デスクでホ−ムペ−ジ作成サ−ビスを企画。力を入れ、それなりに注目も集めた割にはぜんぜんダメだった。

サイバー・オリエンテーリング
 ゲ−ム会社とタイアップした楽しい企画だった。 地方の小都市全体をゲ−ム空間と想定。 子供たちが、モバイルPCと携帯を使って町中の要所要所に隠されているクイズ、キ−ワ−ドを見つける。

 回答は本部サポ−ト部隊がインタ−ネットを検索しながら見つけて出動中の部隊に連絡。
たくさん答えが見つかると強いチームに参加という発想がすばらしか った。  
 これが病みつきのもとで、そのまま、オリンピック、パラリンピックの公式サイトへ雪崩れ込む。これほど注目を集め、最大規模のサイトを、インタ−ネットがここまで普及した時に、しかも日本で開催された時に担当できたことは大変幸運で、仕事冥利につきる。

 また、入社以来、仕事は会社の中だけでだいたい間に合うものと思っていただけに、社外のこれほど大勢のかたがたに助けられ、一体となったプロジェクトを経験できた喜びも大きかった。

 とにかく大勢の皆さんに助けられながら、やっとできた仕事との思いが強く、オリンピック終了後もこの経験をできるだけ多くの方々へお伝えして少しでも恩返しができればと、全国行脚を続けている。



情報装備

モバイル環境
ThinkPad 235
何よりも小さくて軽くて高性能。持ち運びに便利で、あちこちフリ−ランス・プレゼンテ−ションをして歩く身には嬉しい。 

五十肩と膝痛の原因の一部は、年齢が一番大きな理由であることは間違いのないことにしても、今まで持ち歩いて使っていた765CDの重さにあると思う。 

PCカ−ドが
3枚同時に使えるのは助かる。 MMX 233M Hz96 MB メモリ−, Hard Disk 3.1 GB

三菱PHS無線カ−ドTL-DC100
出先でちょっと調べ物が必要になったとき、ケ−ブルに悩むことなく、インタ−ネットを利用できるところが良い。 

アンテナ部分がPCの横から他製品よりも若干余分に出っ張るが、
4千円以下ということで思わず衝動買い。

PCMCIA 340MB Hard Disk Drive :Viper340 (INTEGRAL)
Type3でカ−ドスロットを2個使ってしまうが。フロッピ−代わりにフリ−ランス・プレゼンテ−ション・ファイルを入れて持ち歩くのに大変便利。

ただ、メ−カ−が倒産してとかで買えなくなってしまったのは大変残念(T-Zoneに問い合わせた結果)余分に買っておくのだった。
 
SOHO環境
ThinkPad560 3セット
3台とも会社からの貸与で私のは長野オリンピックで活躍したもの。もう1台を家内が、3台目はCanonBJC-600J プリンタ−共用のためプリント・サ−バ−として使用。 このノ−トPC1996年夏、モンゴルのゴビ砂漠を横断してきたもの。

それぞれMN128 SOHOをハブとして EtherJet PCカ−ドで接続して使用。 ISDNからセキュアIPネットワ−ク経由で社内のLotus Notesを利用。