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| 人間は自分の生命を守るとか、職を奪われるとかの状況に立ち至ると、本能的の怒りが起こって防戦する。この戦いに勝てば喜び、敗ければ悲しむ。喜、怒、哀、楽は本能的な性質である。 この本能的感情を状況に応じて表わす人は自然人であり、純潔の人、熱血漢、直情怪行の人とかに言われる愛すべき人である。ところが近頃はそういうタイプの人は少なくなった。思慮深く慎重で考えてから行動する人が多い。大学出は思慮深いが一般的には薄情である。 それは、感情が起こって行動につながる前に「待てよ」がかかり、感情が理知によってさえぎられるためである。かの有名な殿中松の廊下の浅野たくみの守の刃傷事件も、たくみの守の心に「待てよ」がかかれば一連の事件は起こらなかったであろう。 日本も、50年前からみれば理知が進み、一般家庭ではお膳をひっくり返すような事件もなくなったようだ。 その傾向に反して、ムシャクシャしたから放火したとか、金が欲しいから人を殺傷したという事件も多くなっている。これは教育から脱落した無教養の人間が増えているためである。 普通の善人はこんな事件は起こさないから関係がないと思われるだろうが、相手の言い分に腹が立った場合にそれに本能的にすぐにバカとか攻撃的に反応しない方法として私は、スーッと鼻で息を吸い込むことを奨めたいのである。本能的に感情に反応する前の瞬間に息を吸い込むことによって本能的感情を弱めて理知の考えに引き込むのである。 なぜ私がこんなことを発見したかについて私の禁煙法について説明しなければならない。煙草は人間に楽しみを多くするものだから私は愛煙家である。それなのになぜ何回も禁煙しているのかというと、喉に違和を感じることになると禁煙することにしている。現在は8年間禁煙中である。 |